大阪高等裁判所 平成4年(ネ)1225号 判決 1993年3月25日
控訴人
甲野一郎
同
甲野春子
右両名訴訟代理人弁護士
安田孝
被控訴人
加藤正敏
外五一七名
右五一八名訴訟代理人弁護士
宮﨑乾朗
同
大石和夫
同
藤村睦美
同
山田庸男
同
淺田敏一
同
板東秀明
同
芝原明夫
同
京兼幸子
同
小亀哲治
同
金斗福
同
辰田昌弘
同
小泉伸夫
同
田渕謙二
同
関聖
同
津田尚廣
同
堀井昌弘
同
江後利幸
同
岡本哲
同
服部敬
同
藤井薫
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の申立
控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 控訴人両名は元夫婦で、現在戸籍上は離婚しているものの内縁関係にあり、控訴人甲野春子(以下「控訴人春子」という)が所有する原判決添付物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)で、両名間の二子とともに同居している。
(二) 控訴人甲野一郎(以下「控訴人一郎」という)は、暴力団山口組系黒誠会内赤心会(以下「赤心会」という)の組長として同会を主宰している。
(三) 被控訴人らは、いずれも本件建物の周辺に位置する各肩書住居地で居住ないし営業している者である。
2 本件建物の位置、周囲の状況
本件建物は南海本線七道駅から南方約一〇〇メートルに位置し、右建物の周囲は住宅や商店が立ち並び、寺院、小学校、公園等も散在していて、本件建物の前の道路は小、中学生の通学路になっている。
3 赤心会の実態等
(一) 赤心会の沿革
(1) 控訴人一郎は、昭和三八年ころ、松山市内で暴力団橋本会に加入して暴力団員としての活動を開始し、昭和四〇年ころ当時三代目山口組系地道組若中であった黒澤明(昭和五二年ころ三代目山口組系黒澤組を結成した)と知り合って親交を深め、兄弟分の盃を交わし、昭和五四年ころ来阪して、黒澤組内甲野組を組織し、大阪市内に事務所を構えた。
昭和五九年ころ、黒澤明が引退し、黒澤組副長であった前田和夫が黒誠会を結成したことから、控訴人一郎は、黒誠会副会長に就任すると共に、甲野組を赤心会と改名した。
その後控訴人一郎は、黒誠会において副会長兼本部長、会長代行と昇格し、現在は黒誠会の最高幹部の一人で、その中心的存在である。
(2) 赤心会の実態
赤心会は大阪市中央区<番地略>に事務所を構えている。現在、構成員は三〇名前後であり、表向きは「株式会社甲野商事」「株式会社赤心興産」等の名称で企業経営を行っているが、裏では会社整理に介入するなどして資金を得ている。
(3) 控訴人一郎の前科、抗争歴
控訴人一郎は次の前科を有する。
① 昭和三九年七月二四日松山地方裁判所宣告、逮捕監禁、暴力行為等の処罰に関する法律違反罪、懲役一年六月
② 昭和四〇年一二月一八日高松高等裁判所宣告、恐喝、傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反罪、懲役三年
③ 昭和五六年一月一六日大阪簡易裁判所宣告、傷害罪、罰金五万円
④ 同年九月二九日大阪地方裁判所宣告、傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反、凶器準備結集罪、懲役五年
⑤ 平成三年一月二五日堺簡易裁判所宣告、建築基準法違反罪、罰金二〇万円
右前科のほとんどが粗暴犯で、かつ暴力団組織の威力を背景に行われたものであるが、特に④の前科は、控訴人一郎が、暴力団酒梅組系宇根組員との喧嘩を発端として宇根組と抗争し、宇根組の事務所を襲撃し、発砲する等したというもので、その際甲野組の事務所も宇根組組員から襲撃、発砲されている。
4 黒誠会の実態等
(一) 黒誠会の実態
黒誠会は、大阪市北区内に事務所を持ち、傘下に一二団体、構成員約三〇〇余名を擁している。会長前田和夫は、五代目山口組若頭補佐で、山口組の会計全般を担当する要職にある。黒誠会は表向きは土木建築業、不動産業、貸金業等を営んでいるが、裏では債権取り立て、会社整理への介入等を資金源にしている。
(二) 黒誠会の抗争歴
(1) いわゆる山・一戦争
昭和六〇年ころから始まった四代目山口組と暴力団一和会との抗争事件(いわゆる山・一戦争)において、昭和六〇年五月から昭和六一年四月までの間、黒誠会及びその傘下団体の事務所で、三回にわたり、発砲事件が発生した。
(2) 会津小鉄会系中川組内宮本組との対立抗争
昭和六〇年一月ころ、倒産会社の整理に介入した黒誠会と暴力団会津小鉄会系中川組内宮本組が分配金を巡って対立し、五件の発砲事件が起こり、黒誠会組員が中川組舎弟を射殺した。
5 本件建物が暴力団組事務所ないしこれに準ずる連絡場所として利用される蓋然性
控訴人らは、本件建物は家族四人の居住のために建築した旨主張するが、次の事情によれば、控訴人らが本件建物を暴力団組事務所ないしこれに準ずる連絡場所として利用しようとしていることは明らかである。
(一) 本件建物の構造上の理由
(1) 本件建物には、浴室が二か所(一階と四階)、便所が二か所(一階に大小便用と小便用、三階に大小便用)設置されている。家族四人が自宅として使用するのであれば、複数の浴室、便所は不要である。
(2) 本件建物の玄関には、五〇足の下足が収納できる下駄箱が設置されている。これは、一度に多人数の者が集合することを予定した設備である。
(3) 本件建物の北面、西面の窓の数は極端に少ない上、小さい。窓ガラスはすべて強化ガラスが使用されている。採光を犠牲にし、外部からの侵入、狙撃を防ぎやすい造りにしたものである。
(4) 玄関は、シャッターが一番外に設置され、その奥に、シャッターと方角を変えて玄関扉が設置されている。これも、外部からの侵入、狙撃を防ぐためである。
(5) 一階洋室中央に深さ1.5メートル、階段で人が上り降りする様式の地下収納庫が設置されている。これは、武器収納庫として使用することを予定したものである。
(6) 三階は全部和室で間仕切りがない。襖をはずせば二二畳の大広間として使え、多人数の集会を催すことが可能である。
(7) 本件建物横の駐車場スペースの道路に面した部分には、シャッターを取り付けるための鉄柱が現に建築されている。
(二) 控訴人らの警察における供述等
控訴人らに対する本件建物建築に関する建築基準法違反被告事件の刑事記録によると、控訴人らは次のような供述をしている。
(1) 堺市建築局開発調整部監察課員田口史郎の司法警察職員に対する平成二年一〇月三日付供述調書によると、控訴人春子は田口に対し、「私の世話をする若い衆も沢山おり(中略)それらのことを考えて敷地一杯に建てて欲しいと(建築業者に)依頼したことは間違いない」との説明をした。
(2) 控訴人一郎の司法警察職員に対する平成三年一月一八日付供述調書によると、控訴人一郎は、本件建物建築前の旧建物について、「この家に私の若い衆を住ませたのです。」「若い衆に寝泊まりをさせていたのです。」等と供述している。
(三) その他の事情
(1) 控訴人らは、本件建物が建築基準法に違反することを知りながら、堺市からの度重なる工事停止命令を無視して、本件建物新築工事を強行した。そして、建築基準法違反罪で逮捕、起訴され罰金刑が確定したあとの平成三年二月一〇日ころ、隣接土地を代金四〇〇〇万円で買い受け、これも本件建物の敷地とすることによって建蔽率違反及び容積率違反の瑕疵を治癒させ、本件建物の建築を続行し、完成させた。
本件建物の新築工事代金は約六〇〇〇万円であるところ、控訴人一郎は約四億円の借金を抱えている上、特定の定期収入はないのに、このように法律的、経済的な無理を重ねてまで本件建物を建築したのは、単に自宅としてのみならず、組事務所としても使用する目的があるからに他ならない。
(2) 山口組内の幹部級の組長である控訴人一郎には、常時少なくとも二、三人の組員が付き添っている。すると、本件建物以外の場所に組事務所が設けられていても、本件建物には常時組員が出入り、寝泊まりし、組活動の拠点として使用されることは必定である。
(3) 赤心会の前記事務所は狭隘で、月例会すら開催できない。そのため、控訴人一郎は、赤心会の月例会を、止むを得ず、黒誠会の組事務所を借用して開催している。本件建物の三階和室は二二畳の広さがあり、月例会開催が可能であるから、控訴人一郎が本件建物を組事務所として使用する充分な動機がある。
(4) 堺市では売春や覚せい剤の密売が容易で、同市は暴力団にとって、以前からいわゆる「しのぎ」がしやすい地域である上、最近では、平成六年開港予定の関西新国際空港、南海電鉄堺駅付近の再開発などのプロジェクトがあり、暴力団が介入し、不当な利益を上げる機会が増えている。そのため、堺市には暴力団組事務所が増加する傾向にあり、暴力団組事務所の移転先として堺市が選ばれることが多い。
堺市に本拠を構える山口組系の二次団体は既に四団体を数える(平沢組、難波安組、玉池組、古庄組)が、関東地方と異なり、関西地方では暴力団のいわゆる縄張りを尊重する慣習がないため、他の山口組系暴力団が堺市への進出を手控えることは期待できない。最近活動の活発な黒誠会内の赤心会が堺市に進出する可能性は高い。
(5) 控訴人らは、本件建物を組事務所としては使用しない旨供述するが、控訴人らには遵法精神が欠如しており、右供述は信用できない。
6 暴力団事務所が周辺住民に与える危険性
(一) 犯罪者集団としての暴力団
(1) 暴力団組員の検挙人員は、過去二〇年間四万人ないし五万人で推移しており、暴力団は、多様な形態で犯罪活動を展開している。
(2) 暴力団は、覚せい剤の密売、賭博、ノミ行為、みかじめ料の要求、民事介入暴力、総会屋、社会運動を標榜するたかり、暴力的地上げ等といった非合法活動を主たる収入源とし、合法的活動を行う場合でも、その活動は絶えず暴力的な威圧により自己に有利な解決を追求する等、社会的規範を逸脱した不当なものであるというのが常態である。
(3) 暴力団組員の約九割は犯罪前歴者であり、暴力団はまさに犯罪者集団としてのみ位置づけられるものである。
(二) 暴力団の特性
現在の暴力団社会においては、山口組、稲川会等の特定の暴力団による大規模な対立、抗争の過程で、弱小組織の吸収等が行われ、暴力団組織自体の大規模化、系列化が進行している。その結果、犯罪者集団としての暴力団が市民に与える威力はますます増大している。
また、近時暴力団の武装化が顕著に進行しており、末端組員までひろく銃器が行き渡っている。その種類も拳銃に加えて、自動小銃や手りゅう弾等殺傷力の強い武器が広まっている。銃器発砲事件の発生件数は昭和六〇年以降年間二〇〇件を超えており、昭和六三年には発生件数二四九件、死者二八人、負傷者六〇人に達した。その態様は、繁華街等一般市民が多数集まる場所で発砲して一般市民を巻き添えにするなど、凶悪化している。
(三) 抗争事件発生時における危険性
(1) 抗争事件発生の必然性
暴力団は、いわゆる縄張りを前提として、「しのぎ」その他の日常活動を行うが、組織勢力の拡大、資金源の確保を目指して絶えず他の暴力団の動向に目を光らせ、その弱点を見つけては、自己の勢力の拡大のために行動を起こす傾向にある。とりわけ、これまで異常な組織拡大を続けてきた広域暴力団の代表的存在である山口組は、今後とも勢力の拡大を企図しており、山口組の進出に伴い、その地域を縄張りとする他の暴力団との抗争事件が勃発することは過去の幾多の例が示しており、黒誠会ないし赤心会を巡る抗争事件発生の可能性は現実のものである。
また、抗争事件は一つの組織内の地位を巡っても発生する。このことは山口組と一和会の抗争事件、山口組と竹中組の抗争事件が顕著な例である。
更に、組員を巡る些細なトラブルが、組対組の対立抗争事件に発展することも頻繁である。
すると山口組系列の黒誠会ないし赤心会が、抗争事件の当事者となる危険性は高い。
(2) 抗争事件発生による危険性
一度抗争事件が勃発するや、直ちに拳銃等の武器を使用した殺傷事件が発生する。
その場合、組事務所が一番の攻撃目標となるから、その周辺住民が巻き添えを食い、その犠牲となる危険性は高い。
(四) 犯罪実行場所等としての問題性
暴力団組事務所は、組織の指揮命令、連絡の機能的中枢であり、恐喝、監禁、ノミ行為等の犯罪や、組織の統制を乱した組員に対する指詰め等の制裁の場所にもなる。そこに出入りする者は、多くは前科、前歴を有する犯罪傾向の進んだ者であり、一見して暴力団員と分かるような態度、容姿で住民を威圧し、市民に難癖をつけ、事務所に来集する際には、大型外車を乗り付けて平然と違法駐車をするなどして、周辺住民に迷惑をかけている。
(五) 青少年に与える悪影響
暴力団にとって若い組員を大量に集めることは、組織を維持し、自らの経済的利得を確保する上での重要課題である。一年間の暴力団への新規加入者は四〇〇〇人ないし五〇〇〇人であり、その大部分は一〇代及び二〇代前半の青少年である。組事務所の存在により、その周辺に居住する青少年と暴力団員とが接触する機会が増え、その中から暴力団に加入する青少年が出てくる可能性も否定できない。
7 人格権に基づく差止め
(一) 平穏な生活に対する侵害
本件建物が暴力団の事務所ないし連絡場所として使用されれば、抗争事件の際には第一次攻撃目標となり、被控訴人ら周辺住民がその巻き添えになる危険性は極めて高い。特に、最近発砲事件が激増していることからして、今後いつ本件建物周辺で発砲事件が生じるか予断を許さない状況である。
被控訴人らの生命、身体が傷つけられた場合、それが回復できないものである可能性は大きく、被控訴人らは日々不安感、危機感を抱いて生活することを強いられている。
本件建物が暴力団の事務所ないし連絡場所として使用されれば、日常的に一見して暴力団員とわかる容姿、態度の者が付近住民を鋭い眼光で睨み、威圧しながら本件建物に出入りしたり、あるいは集結したり、火のついた煙草を隣家に投げ込んだり、公道上に大小便を垂れ流したり、高級外車を違法駐車させたり、ゴミを不法投棄したり、深夜にカーステレオで騒音をたてたりすることが予想される。
このように、被控訴人ら本件建物の周辺住民は、家族ともども、日常的に耐え難い精神的苦痛に悩まされることになる。被控訴人らの精神的自由、生活の平穏に対する侵害は重大である。
(二) 人格権に基づく差止め請求権
本件建物が暴力団組事務所ないし連絡場所として使用されれば、被控訴人らは甚大な損害を受ける危険性があり、被控訴人らは、いつ発生するか判らない発砲事件に毎日脅えながら生活を送ることを余儀無くされる。被控訴人らは人間として当然に固有の権利たる人格権を有しているから、このような状況のもとでは、右人格権から派生する妨害予防請求権に基づき、赤心会の主宰者である被控訴人一郎及び本件建物の所有者である被控訴人春子に対し、本件建物を暴力団事務所ないし連絡場所として使用することの差止めを請求できるものというべきである。
なお、被控訴人らの右差止めの請求は、控訴人らの本件建物に対する所有権の行使の一部を制限しようとするものではあるが、被控訴人らは、控訴人らの本件建物に対する正当な使用、収益、処分権能を奪おうとしているのではなく、暴力団組事務所ないし連絡場所としての違法な使用方法だけを制限しようとしているのであるから、右差止めを認めても、控訴人らに侵害される法益はないといってよい。
8 よって、被控訴人らは控訴人らに対し、人格権に基づき、本件建物を暴力団組事務所ないし連絡場所として使用することの差止めとして、次の判決及び仮執行宣言を求める。
(一) 控訴人らは、左記行為をするなどして、本件建物を五代目山口組系黒誠会内赤心会及びその他の暴力団(以下「赤心会等暴力団」という)の事務所もしくは連絡場所として使用してはならない。
記
(1) 本件建物内で赤心会等暴力団の定例会もしくは儀式を行うこと
(2) 本件建物内に赤心会等暴力団構成員を立ち入らせること(これと同視し得る不作為を含む)
(3) 本件建物外壁に赤心会等暴力団を表象する紋章、文字板、看板、表札及びこれに類するものを設置すること
(4) 本件建物内に赤心会等暴力団の綱領、歴代組長の写真、幹部及び構成員の名札及び赤心会等暴力団を表象する紋章、提灯その他これに類するものを掲示すること
(二) 控訴人らは、本件建物の外壁の開口部(窓等)に鉄板等を打ち付け、又は投光機、監視カメラを設置してはならない。
(三) 控訴人らは、本件建物の一階床下の貯蔵庫(原判決添付図面の赤斜線で囲まれた部分)を銃砲刀剣類所持等取締法で所持が禁止されている銃砲刀剣類等の保存の用に供してはならない。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし4の各事実は認める。
2 請求原因5の冒頭の事実は否認する。
(一) 同(一)の事実中、本件建物の客観的構造については認めるがその余は否認する。
(二) 同(二)の事実は認める。
(三)(1) 同(三)(1)の事実中、第一段落記載の事実及び本件建物の新築工事代金は約六〇〇〇万円であること、控訴人一郎は約四億円の借金を抱えていること、控訴人一郎に特定の定期収入はないこと、以上の事実は認め、その余の事実は否認する。
(2) 同(三)(2)の事実中、控訴人一郎が山口組内の幹部級組長であり、常時少なくとも二、三人の組員が付き添っていることは認め、その余の事実は否認する。
(3) 同(三)(3)の事実中、赤心会の前記事務所が狭隘であるため、控訴人一郎は、赤心会の月例会を、黒誠会の組事務所を借用して開催していることは認め、その余の事実は否認する。
(4) 同(三)(4)(5)の各事実は否認する。
3 同6の事実は認める。
4 同7の事実は争う。被控訴人らは本件建物を組事務所として使用する意思は全くないから、被控訴人らの主張はその前提を欠き、失当である。
第三 証拠<省略>
理由
一(争いのない事実)
請求原因1ないし4の各事実、同5の(一)のうち、本件建物の客観的構造に関する事実、同(二)の事実、同(三)の(1)のうち、第一段落記載の事実及び本件建物の新築工事代金が約六〇〇〇万円であること、被控訴人一郎が約四億円の借金を抱えていること、控訴人一郎に特定の定期収入はないこと、同(三)の(2)のうち、控訴人一郎が山口組内の幹部級組長であり、常時少なくとも二、三人の組員が付き添っていること、同(三)の(3)のうち、赤心会の組事務所が狭隘であるため、控訴人一郎は、赤心会の月例会を、黒誠会の組事務所を借用して開催していること、同6の事実、以上の事実は当事者間に争いがない。
二(本件建物が暴力団組事務所として使用される可能性)
控訴人らは、本件建物を今後暴力団組事務所として使用することはない旨主張するが、右争いのない事実、証拠(各項末尾に記載)及び弁論の全趣旨によって認められる次の各事実によれば、被控訴人らが主張するように、控訴人らが本件建物を暴力団組事務所ないし常時暴力団構成員が出入りする連絡場所として使用する可能性は高いものと認められる。
1 本件建物の存在する地域は準工業地域であり、容積率は二〇〇パーセント、建蔽率は七〇パーセントと定められている。控訴人らは、当初、50.32平方メートルの敷地に、建築面積30.60平方メートル、ガレージを除く延べ床面積116.10平方メートルの鉄骨造四階建専用住宅(建蔽率60.8パーセント、容積率199.42パーセント)を建築するとして、控訴人春子名義で建築確認を申請し、平成二年四月一二日、右確認を得たが、同月二〇日ころには本件建物の新築工事を請け負った建築会社に対して五階建とするように指示しており、当初から右確認を得た建物を建築する意思はなく、実際に建築した本件建物は、五階建で、建築面積45.62平方メートル、延べ床面積210.97平方メートル(建蔽率90.65パーセント、容積率419.25パーセント)であった。その結果、控訴人春子は平成二年六月二七日、堺市長から工事施工停止命令を受けたが、これに従わなかったため、平成三年一月ころ、控訴人一郎は建築基準法違反の容疑で逮捕、起訴された。控訴人らは、同年二月ころ、隣地を約四〇〇〇万円で買い取り、これも本件建物の敷地とすることによって建蔽率、容積率の基準を満たし、本件建物建築工事を続行し、同年一一月ころ、本件建物を完成させた。(<書証番号略>)
右事実に鑑みると、当初建築確認を得た建物でも、家族四人が居住するに充分な広さがあるのに、敢えて違法行為を犯してまで本件建物を建てようとしたのは、それ以外の使用目的があるのではないかとの強い疑いを抱かざるを得ない。
2 本件建物は、控訴人らが居宅として使用する以外に、組事務所としても使用することのできる広さと構造を備えている。特に、四人家族でありながら、複数の浴室を設けたのは、居宅以外の使用目的を強く推認させる。
3 赤心会の組事務所は、狭隘で、月例会を開催することもできず、控訴人一郎は、上部団体である黒誠会の組事務所を借用して赤心会の月例会を開催している。控訴人一郎がそのような状態を解消したいとの希望を有していることは容易に推認できるが、昨今は暴力団追放の市民運動が盛り上がっているから、新規に、広い組事務所を賃借りするのも容易ではない。すると、控訴人一郎としては、自宅を新築するに当たって、これを組事務所にも兼用したい、あるいはせめて月例会だけでも自宅で開催するようにしたいと考える強い動機が存在すると言える。
三(本件建物が赤心会の組事務所ないし連絡場所として使用された場合に、被控訴人ら周辺住民が受ける被害)
1 前記争いのない事実によれば、赤心会は、暴力団山口組系黒誠会に属しているところ、黒誠会は、会長前田和夫が山口組若頭補佐を務める山口組直系の有力団体であり、赤心会は控訴人一郎が黒誠会の会長代行を務める黒誠会内の有力団体である。そして、山口組は、従来から、勢力拡大を目指して他の暴力団との間で多くの抗争事件を起こしており、今後も同様の抗争事件を起こす可能性は高く、山口組内部の勢力争いに端を発した抗争事件発生の可能性も否定できないところであり、これらの抗争事件が発生すれば、黒誠会や赤心会もこれに巻き込まれるし、黒誠会や赤心会が偶発的ないざこざに端を発した抗争事件の当事者となることもありうることは容易に推認できるところである。そして、赤心会が一旦抗争事件に巻き込まれれば、その組事務所あるいは連絡場所等の組活動の拠点は、相手方からの最大の攻撃目標となる。その場合、最近の暴力団の武装化に鑑みれば、その周辺住民の生命、身体が深刻な危機に晒されることは明白であると言わなければならない。
2 また、本件建物が組事務所ないし連絡場所として使用されれば、日常的に犯罪性向の強い組員多数が本件建物に出入りすることになり、周辺住民は組員との間でのトラブルの発生を恐れ、息をひそめた生活を余儀なくされる。そのことによる周辺住民の精神的負担もまた重大である。
四(人格権による差止め)
1 何人も、生命、身体の安全を侵されることなく、平穏な生活を営む権利を有し、受忍限度を超えて違法にこれを侵された場合には、人格権に対する侵害としてその侵害行為の排除を求めることができ、またその侵害が現実化していなくとも、その危険が切迫している場合には、その予防として、あらかじめ侵害行為あるいは侵害の原因となる行為の禁止を求めることができると解すべきである。
2 そして、一ないし三に判示の各事実によれば、控訴人らは本件建物につき何時暴力団組事務所ないし連絡場所としての使用を開始するやも知れず、その場合、被控訴人らの生命、身体、平穏な生活を営む権利が受忍限度を超えて侵害される蓋然性は大きいから、被控訴人らの人格権侵害の危険は切迫しているものと認められ、被控訴人らは、控訴人らに対し、各自の人格権に基づき、その侵害を予防するため、本件建物を暴力団組事務所ないし連絡場所として使用することその他右侵害の原因となる行為の禁止を求めることができるというべきである。そして、被控訴人らの本訴請求は、請求の趣旨一は本件建物を暴力団組事務所ないし連絡場所として使用することそのものの禁止を求めるものであり、同二及び同三は、控訴人らが本件建物を暴力団組事務所ないし連絡場所として使用する動機付けをなくすため、他の暴力団による本件建物への襲撃を防御するための設備や装備を備えることの禁止を求めるものであって、被控訴人らの人格権侵害の予防として、いずれも正当な請求であると認められる。
五結論
よって、被控訴人らの本件各請求はいずれも正当として認容すべきであり、控訴人らの本件各控訴は理由がないからいずれも棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官山中紀行 裁判官寺﨑次郎 裁判官井戸謙一)